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2015年3月31日火曜日

不思議




昨夜、関空でボビーの「死」を知り、直接、妻の実家に遺灰を取りに周り、帰宅しました。
メリーは専門施設に預けてあり、翌日まで会うことが出来ませんのでか静かに対峙する事に。


余りに哀しすぎて涙も出ませんでした。遺灰を枕横に置いて、眠れぬ夜を過ごしました。
でも、そういう行為で自分が少しは落ち着きたかったのかもしれません。



不思議な現象が多々ありましたので記載します。


火曜に自宅からボビーを妻の実家に連れて行かなければなりませんでした。
本来、自分の家で最期を迎えさせてやりたかっただけに、また移動させる行為が嫌で、、
どうしても連れて行けません。

ましてやその夕方に仕事から帰宅したら、正視出来ない程に衰弱しており、
加えて若いメリーが少しの距離で見守っていたのです。

若い子なりにお兄ちゃんの異常な雰囲気がわかったのでしょうか。
見ていて、たまらず号泣しました。
メリーが膝下に来て私を慰めてくれたのも印象的でした。



ちゃんと距離をとり、静かに見守っていたメリー



用事で実家に先行していた妻に(情けない事で、恥ずかしい事ですが)一度帰宅を頼み、
たまたま訪れていた甥っ子と共に帰宅してもらい、何とか実家に運びました。

翌日の出発のために、実家から帰宅する時が私と彼の最後になりました。
これはもう辛すぎました。抱きしめる事すら出来ませんでした。
思えば、ボビーには悪い事をしてしまいました。






現実と対峙出来ない事を理由に、彼の最期は帰国まで知れないように妻に願いました。
プロとして、公私混同だけは避けなければなりません。私などは虚弱故、余計にです。

実家と妻の間では当然連絡はあったわけで、関空到着までは秘密にしてくれていました。




亡くなった日の午後、


台北のホテルでの自由なひと時にサーフェス(パッド)で調べ物をしていると、やたらとボビーが
現れたのです。勿論、写真ですが。

こういう現象はどちらかというと私は信じないタイプの人間です。


パッドはたまに指が不本意に画面に当たりますよね。それで、ではあります。
ただ、勿論メリーや色々な写真が入ってはいますから、彼の出現ばかりで異常だったわけです。

結果、嫌な予感は的中。死後、台湾まで会いに来てくれたのでしょうか?



深く愛していただけに、大きな失望が襲います。
自身の加齢による弱さも加わったせいでしょう。





メリーはというと、朝に施設に出迎えに行きました。
預けられていて不機嫌そのもの。

夕方に、少し臭うので思いっきりシャンプーをしてやりました。
その後、何となくこたつ布団を掘る仕草が多いのですが、ボビーを探している感じです。


フェイスブックやメール、電話にメッセージをくれた多くの人びとに感謝。
栄養注射先の医院の看護師さん、お花屋さんのお父さんにお兄さん、そして
色々な皆さんまでが涙を貯めて下さいました。
暖かい方々が多くて、素直に嬉しく思いました。








ボビーの死をおおいに哀しんで、しかし、メリーとの元気な生活に心を戻したいと思います。




ボビーが逝ってしまいました






愛してやまなかった11歳の愛犬ボビーが、今回の台湾への渡航中に静かに亡くなっていた事を先程、
帰国して関空で知りました。

愛犬家の方にはおわりでしょうが「哀しくて」途方に暮れています。
最期は妻の両親がみとって下さり、また、連絡のあった妻が私に黙っていてくれたので
仕事にこそ集中出来ましたが、つくづく因果な商売をしているのだと実感しています。





事実を知っていてそれをとして仕事をこなした妻の強さと優しさに感謝、脱帽し、
己の哀しみと弱さを痛感しました。実に本番の朝の出来事だったとのこと。
そこからの三日は仕事三昧でしたから尚更です。

関空に戻り、駐車場で妻から全てを聞きました。
予想はしていたものの、哀しみは抑えられずに帰途は往生しました。



こちらの愛情を全て受け入れたくれたボビー。ひたすら悲しく寂しいです。
可愛がって下さった皆さん、誠にありがとうございました。

2015年3月30日月曜日

セミナー




三日目は「ジャズにトライしましょう」、という講座。
10時からの3時間、わざわざ申し込みをした能動的なリコーダー愛好家及びプロに対して行う。

理解は早く、結局、能動的故にとんとんと事が進む。
熱心な学生のいる大学の講義のようであった。

講座終了後はホテルに戻り、バタン。さすがに脳が疲労している。


6時半に夕食会へ再び出向くまでゆっくりしていたら、電話があり、
エンジェルちゃんという18歳の去年レッスンでみた女の子が母上と共に挨拶をしたいので、
ロビーに行くとの連絡があり。

彼女も両親も非常に礼儀ただしいお人柄で、恐縮。
非常に優秀な生徒さんで、大学(台北)の入試に向けて忙しく、現在は勉強中心。
将来は欧州に渡り、リコーダー奏者になるのだそうだ。




次回はお稽古をお願いします、でも勉強が第一だよ、などの会話の末にお別れ。

程なく、会場に出向いて事務作業を行う。
その後は、関係者で夕食会。

台湾の人々は夕食時にあまりアルコールを嗜まない。
これがチームジャパンには幸いで、酔っぱらって絡む、夢を語るなどの即物的な行為が
一切無い。終演後に酔って語ったところで、酔っ払いの言うことに過ぎず、好まない。


ホテルに戻り、日本人だけでかるく感想をまとめて10時には部屋に戻る。


ミッションは終了した。



2015年3月29日日曜日

レッスンのつもりが



今日、ようやく晴れた。
しかし寒さは変わらず、日中こそ太陽の暖かさは感じたものの、ここは日本かという感じ。


朝9時過ぎにタクシーで移動。
予定時間に会場に到着。四百円で四人が移動出来るからコストパフォーマンス抜群である。


今日は、会場こそ同じものの、特別にリクエストされた去年も見させて頂いた学校教員で
構成される多人数アンサンブルのレッスンという仕事内容。

日頃の楽曲にアドバイスするくらいに考えていたが、甘かった。
ことほど左様に外国らしく、予定は変更される。

去年、興味があえば、と、プレゼントしたリコーダーでジャズを吹きましょう、的な私の著作品を
全員で習おうというリクエスト・・・ならば、伝えておいて欲しいものだが、外国らしい。




逆に言えば、私に投資をして、ポテンシャルを引き出す事が非常にうまいのかもしれない。

メンバーの助けもあり、おおいにジャズへの導入とセンスを伝えられた気はする。




珍事報告::

ジャズ講座は英語での説明がしやすくて良い。そもそも米国で完成したからとも言えよう。
通訳が英語からなら問題ないのだが、気を効かせてくれたのか、途中で日本語からの通訳に
交代。

さぁ~わたしの脳が完全に狂ってしまったのである。
語彙の多い日本語ではイントネーションやインプレッションを伝えにくい。

Yea !Good!! と「それで良いです」では大いに印象が違う。

実は異常なストレスになっていったのも、そもそもが勉強不足と日本でのこの講座の未経験さが
招いた事故だったのかと感じた。対応力欠如と反省。




中略


ホテルに戻り、気に入りのマッサージ店に出向く。
足を40分とボディを30分。うまいが雑。しかしこの店は清潔なので毎回訪れる。

カフェをしてホテルに戻り、うとうとしつつ竹山さんとエンチ君、チンウェイ君との会食に
備える。

私は確かに仕事に対してはメリハリと集中力やコンセントレーションを必要とするタイプなので、
果たして一緒にごはんをする事は大丈夫なのか、と、竹山さんに彼が尋ねたらしいが、
皆さんに気をつかわせてしまい恐縮してしまった。

結局、竹山さんを筆頭にメンバーと台湾の若者4人の8人で上海料理に出向いた。
美味。

未来を考え、真剣に前向きな若者はリコーダー界に重要な事は確かで、
様々な会話を交わした。

国は問わず、どんどんと次の世代にヒントを与える機会を与えていかねば未来はなかろう。
一助になれれば少しの存在感も残せるだろう。何より発展には寄与して上げたいと思う。


その後、毎度行く、買う物の無いシーリンの夜市にタクシーで往復し、部屋に戻った。
明日は、申込み者の確定している、ジャズを吹きましょう講座と終日の大宴会である。



2015年3月28日土曜日

台北へ コンサート




台湾も三日目になると少々辟易の傾向になる。
関西人は食に対して敏感過ぎるキライあるので、存外センシティブになるのだった。


かいつまんで記載すると、今日は台中から台北へ新幹線で移動。
勝手知ったる台北の品の良いフードコートでかつ丼を食し、非常に落ち着いた。

徒歩で一駅分の中山駅まで地下道を移動。
予約していたそこそこのホテルに到着した。

誠に世の中は理不尽な事が多々。
フロントで下手な日本語も結構だが、風呂を希望する、という英語をがん無視されて
張り倒してやろうかと思った。一応、プロなら英語くらいは習得しておけ、と言いたい。

部屋はそこそこ広く、そこそこのセンスで、そこそこ必要十分。
シャワーのみである。



程なく、タクシーでフェスティバル会場に移動。
105元だったのだが、運転手のお父さんが100元だけで良いよ~。
珍しい事もあるもものだと思った。


会場に行くと盛り上がっている。
どうやら音楽教室のボスだが、まだミドルである。
こういう人物が30代程の若手に機会を与え、子供達に音楽を習得させるシステムは立派だ。
日本も、メジャー楽器ではあるだろうが、リコーダーでは皆目である。
毎年来るが、なるほど台湾のリコーダー界が群雄割拠となる訳がわかる気がする。

それだけに派閥や攻撃などがあるようだが、知る由もないし、興味がない。
結局は実力に見合っただけの分相応を良い事に気づく事になろうかと思うが。




我々のコンサートは割れんばかりの歓声で、逆に少し懐疑的になるほどの盛況ぶり。
アンコールの希望や声での歓声や賞賛は、ロックバンドのそれの如くである。

クラシック畑、また日本のクールで品格を持ち合わせた聴衆のそれとは真逆である。
しかし、穿った見方はなく、存分に楽しもうとする意欲が凄い。

故にこちらのポテンシャルは最大に引き出され、アジリティも高次元で具現化するものだから、
何かが憑依したかのごとくに、インプロヴィゼーションで勝手に指が回りだすのだから面白い。


つくづく、日本は特殊だと(以前の韓国、香港も含めて)思いました。



明日は、特定の教員アンサンブルグループ(大規模)のご指名お稽古である。


因みに、台北はダウンコートが必要なほど寒い。
風呂に入りたい


2015年3月27日金曜日

鹿港 ろっこう





今日の早朝は雨だったものの、天候は回復し、曇り。
太陽が照り付ける事を考えれば、この方が良い条件であろうか。


午前中に「ミュージック・ガーデン」社を訪ね、交渉や取決め、ついで今日のタイミングで
完成したAKP(アキヤマキムラプロジェクト)の譜面を確認。
思ったよりも良い出来に満足。




台湾側のサジェッションもあり、欧州や中国に強いこの会社のシリーズに乗っかる事にしたのだ。
日本での自費出版では限界があり、だからと言って、こちらの美学を曲げたり、変更を強要されたりは、芸術としてやりたくない故の良い選択肢となったと思う。

日本は誠に鎖国状態で、これでようやくグローバルに新しいレパートリーの拡販が見えだした。
美しい音楽を演奏出来る環境を整備しないと、依然として安易な譜面が世界を席巻し続ける。
即ち、リコーダー界全体のスキルが上がらないことにもなりかねないとも言えなくはないだろう。



午後からは、鹿港(ろっこう)という海沿いにある龍山寺に連れて行ってもらう。
位置的に大陸に近く、仏教の伝来に強く寄与した所らしい。

仏教もインドを発端として、様々なアジア諸国に伝来したが、のきなみ派手な装飾が
日本への伝来と異なる事は容易にわかる。

「龍」の存在感もそうであり、寺をとりまく喧噪も違っている。うるさいく荘厳、厳粛ではない。

古い町並みが外国の情緒にあふれ、素敵なお寺風のカフェなどに足を運んだ。


市内に戻り、趣味的なショップやナイト。マーケットに出向き、リョウさんのバーへ。
今日は、明日からの仕事のために友人のチンウェイは早く切り上げていった。

会話を楽しみ、部屋に戻る。

あす、台北に移動し、仕事が続く予定である。


2015年3月26日木曜日

訪台




滑走路が一本閉鎖のため遅延。それよりも異常に揺れて怖い怖い。
ここ一年に二回の墜落を記録したトランス・アジア航空だけに。




無事に到着するも、延々と歩き、イミグレーションに並ぶ。
この時代遅れな行列行事は、どの国も同様、うだうだと並ばされるのだが、
これを解決すれば、外貨はより稼げる国になるだろうと思う。
この時代にスタンプって。


さて、通関後、妻が両替係、私は携帯電話用のSIMカード購入係。
木村氏に荷物を集約して貰い、一気に済ます。

階下のバス乗り場に向かう。
台湾高速鉄道(即ち新幹線)の桃園駅行きの接続バスに乗らねばならない。

5分程待つが横殴りの雨に、多分6度位の寒さ。意外であった。


急発進に急停車の末、駅に到着。
自販機で高鉄のきっぷを購入。

なぜか、3号車の、1B 2B 5B という指定。
乗車してわかったが、満員に近い状態。ABCの三席の真ん中に座り込むが、
非常に気まずい状態。とにかく40分ほど硬直して我慢である。

台中に到着するとリョウさんとチンウェイが迎えに。
リョウさんの車と私はチンウェイとタクシー。

ひとしきりシリアスな話がいきなりだが良いだろう。
台湾を取り巻くリコーダー事情の一側面を聞き出す。


シティ・スイートなるビジネスホテルにチェックイン。

以後、海鮮の夕食とリョウさんのバーで過ごした。
数回、会っている友人達、ビジネスパートナー達で、常に親切である。


残酷で可愛いお魚さんたち



今回は仕事の虫ではなく、明日は、台中とその付近を回る予定。



2015年3月25日水曜日

関西空港~桃園空港~台中




午前に甲山至近のワンちゃんを預かってくれる施設に、今度はメリーを搬送。
この施設は一頭あたりの占有施設が非常にゆとりがあり、社会性のあるタイプのメリーは
安心して預けられる。料金も良心的で、本来の時間よりも快く、早く受け付けてくれた。


そのまま、愛車で関空に向かう。
幸い非常に順調で、到着はチェックインの1時間前。

でもって、朝マックしていると、相方の木村氏が前を通りかかり合流。
さすが、時間で人を心配させないところは安心して移動が出来る。

社会では当然だが、根拠なき自信のため、他人を心配させる相手は苦手である。
いつも思うが、なぜ同一人物が必ずほぼ遅れるのだろうか。
しかも、待ち合わせをしたがる傾向にあるとも思う。
ビジネスパートナーとしては欠陥。

さて、
EカウンターでJALの職員による代行でチェックイン。
英語に問題はないので「非常口席」を希望するも、職員の女性が丁寧に、
「本当に堪能でございますか?」と・・・

「堪能」とは何ぞや、とはもう「哲学」である。


拡大ポジティブ解釈すれば、このトランス・アジア航空は墜落事故連発、先日も関西便に
部品欠陥。おまけに同型機の独機材が昨日、アルプスに墜落しているので、日本人に
危険な目に合わせたくなかった~と、手前で勝手に考察した。

その代わりに、後方にシートが無いシートがアサインされたので、彼女の配慮かと。
後ろに気を遣わずに席を倒せるわけだ。

A-320は11のABCで桃園空港へ定刻発予定。

この会社は中途半端nスタンスの台湾のLCCで、食事がサーブされる。
荷物も20キロまでOK。直近の期日なら日本のLCCよりも安い。



搭乗、到着、バスにて新幹線へ移動。新幹線で台中に向かう。


拍子抜けするくらい関空では並ぶストレスが無く、何よりのスタートとなった。



@関空

芸事と公私

♪    リアルですので、小説としてお読み下さい。




先述、出張のために、愛犬ボビーを預けなければならないのは、仕事上、仕方の無い事です。

今日、出発前夕に帰宅した時に見た姿は、およそ生きる気力を失いつつある姿でした。

妻の実家に私が夜に届ける役目だったものの、慣れた自宅から無理から引きずり出して、
車に放り込んで強制移動させる事は、私ひとりには無理でした。およそ出来る姿ではありません。


既に実家に用事でいた妻に一時帰宅を頼み、ついでに訪れていた甥っ子の力を借りて、
何とか実現に至りました。


情けない事ですが、私自身がどうしても自分の気持ちに勝てない、現実を直視出来なかった、
ためでした。
途方に暮れ、まだ生きているのに、彼を抱いて泣き続ける事しか出来無かったのです。


愛犬はこちらの愛情を全て受け止めてくれる存在です。
11年の思い出も、多々あるのですから、その存在はこの上ないものだと思います。



帰宅した二人をきっかけにして、幸いボビーも感情と行動を見せ、尻尾を振って歩き、
少々の食料や水分を取ってくれました。



しばらくし、心を決めて、半時間程の妻の実家に向かいました。
ボビーは静かに、後席に妻とおりましたが、この期に及んで、老体を移動させるのはやはり
辛いものでした。見るのも辛い程。



実家ではとてもよく可愛がられており、ボビーはここでも感情を表しました。

実は覚悟はしているものの、ここからが本当の別れになる可能性が大きいわけです。



心が弱く、結局は現実を直視出来ぬまま、抱きしめる事もままならずに、いそいそと
車に向かい、帰宅をしました。
撫でるのが精一杯でした。





心の上下が激しすぎて、疲労して私がベッドの中です。




あすからの5泊、恐らく彼の身体は持たないと思いますが、仕事とは残酷なものです。
逆にとことん仕事に集中して、臨む所存ですが、何とか奇跡を望んでいます。







2015年3月24日火曜日

余命宣告




私達の愛犬「ボビー」。

日増しに体調が悪化していき、ついにドクターかたら余命宣告を受けました。
いわく、一週間だそです。しかしながらこの一週がたまたま台湾への出張に運悪く合致。

現在は点滴の効果もあり、生き延びていますが、義両親に預け、自分は出かけねばなりません。

ペットを可愛がっておられる諸氏にはおわかりでしょうが、その痛切な心の痛みと寂しさは
計り知れないものです。


良い思い出に加え、愛を全て受け入れてくれた10年を思い出すと、夕飯時に少しの肉をせがむ
ボビーを前についつい号泣してしまいました。
一緒に逝ってしまいたい、とは大袈裟でしょうか。可愛い子なのです。


おもえば仔犬時代から、心から可愛がってきた愛犬です。親バカでしょうが、
息子同然でしょうから、いたたまれない気持ちの現在です。



それでも仕事で台湾に6日程、行かねばなりませんが、とにかく天に延命を祈るばかり。
奇跡を信じて仕事をこなしてきて、せめて家で抱きしめながら見送りたいと思っています。



生活に於いて、こんなに悲しい現実と直面せなばならぬ事は、正直少ない方が良いですね。



愛するボビーが一日でも長い生存をしてくれる事を祈る現在です。




2015年3月18日水曜日

<ご報告>





この春より、国立大学法人「大阪教育大学」の「教員養成過程」に於いても教鞭をとらせて
戴く事になりました。










克己心




克己心に歯止めが効かなくる時があり、難儀なもんです。

欲望程度なら良いのですが、しばし急激に起こるものだから大変。

尤も、物欲の権化ですので、それがしょうもない服であったり、靴であったりするのは
ご愛嬌かと。

地位や建築物へのそれがあまり無いのは、幸いです。






2015年3月5日木曜日

気まずい2





不思議と気まずい事象が続くので、ご紹介したい。

今日は値段とも相まって昼便のメジャーキャリアJTAで帰宅する。LCCではない。


ホテルをのんびり10時半頃にアウトし、裏口からゆいレールの「美橋」駅から空港に。

到着した時点で90分程前なのでカフェテリア形式の食堂で最後の沖縄そばを食す。


まぁその空間には半分程の人が着座している。

私は一人用の窓から機体を見渡せるカウンターに着席。


すわ、なぜか(多分田舎者の)夫婦が隣に座ろうとするではないか!
私はカバンをどけてまで気を遣って少し移動。


しかし、ずかずかと座った割に、すぐに空いた席に移動して行った。
せめて椅子を元に戻すなどのデリカシーはないものか、おやじさんと奥様。




さて、荷物検査に並ぶ。昼間だが信じがたい行列。オキナワンなお爺に背中を押されまくる。

私に触れる事、痴漢の如し、で気まずい。

検査で携帯やパソコンを入れる籠が不足していて気まずい。

係員に緊張感が欠如していたので二度ほど吠えて伝えておいた。なんくるない。


で、空港も搭乗客がいる機材のあるゲート付近は当然人が多いのだが、根っからの混雑と
人嫌いの私はわざわざ空間を探して着座。さて、そこにエネルギッシュなお子ちゃまとパパ。
ついで学生の女子団体が来るではないか!私は教祖の素養があるのだな、と考えてすわ移動
した。しかし、次なるゴルゴダの丘にも同様の事象が起きる。

ついにはトイレの個室に逃げ込んで時を過ごしたのだが、不思議だ。
演奏会には人が集まらないのに公共空間ではことごとく人を引き寄せる・・・。





さて、さんざこのブログに苦情を記した記憶のある日本航空系列のJTA:日本トランスオーシャン航空274便で帰阪。機材は相当古いボーイングB737-400でガタガタ。
先般のANAB-787とは隔世の感である。





恐らく30年物の機材とは思うが、特別塗装の旧、南西航空の塗装とは洒落ているので少々気が
紛れた。しかも航空系クレカの初回搭乗マイルが相当加算されるので結構。
この便もランク上のクラスJでも1万円少しだ。もちろん極めて早い予約のお蔭である。






飛行は1時間35分とアナウンスがあったものの、那覇空港の滑走路渋滞で結局は20分遅れるとの事。高度は3500フィート(約1万メートル強)を巡航に入った。時計に方位磁石を付けているで確実に北北東に向かっている。



昨今の航空機事故(マレーシア航空の消息不明、エア・アジア機、トランス・アジア機の墜落)にまつわり、正直少しまんじりともしないが、それでも事故確率は未だに非常に低い移動体だ。

そう言えば、クラスJも満員では無く、空席が目立つのだが、またしても最後に来た男性が横に着座して気まずい。


いつだったかのアシアナ航空でのCクラスでは、敢えてのスタッガード・アサイン(敢えて横に人が来ない座席配置サービスでひとりに2席)に感動したものだが、例えば、左前3席には誰もいないのだから、よろしければこちらへ移動は如何ですか?などの配慮は無いものなのかとヒューマン的に思う。状況判断をしないとスカイマークよろしく傲慢に思えてくる。
そこに人がいるのに手伝わない成田での係員に、非常な違和感を覚えた記憶があり、やはり破綻した。会社とは人格まで奪うものなのだと確信を得たらザマである。一個人の判断なら手伝うだろう。


さて、私が今回のような安易な旅行を計画出来るのも、航空世界を取り巻く環境の近年の激変にある。いわく、もちろん関西のLCC盛況の功績は大きく、それに追随する大手も価格的に頑張り始めたという事実が大きい。一頃では関西から沖縄へ数日行くのも大金を要した。


今日の朝にウェブでジェットスターのキャンペーンを発見し、チェックアウトするまでにその機会を逃すまいと、梅雨明けするであろう7月の沖縄便を予約した。関西から那覇への昼便の価格は4千円代なのだから驚異的だ。しかも沖縄発を2225分発という便が出来たため安価で滞在時間的に非常に効率が良い。


例えば、離島に行って二泊、昼に本島に戻ってゆいレールで国際通りに出かけ、夜の21時半に再び空港に向かっても十分に楽しめる事が出来るわけだ。ただ、関西在住で車の使用でなければ自宅にはたどり着けないが。この予約した大阪への深夜便も6千円。要するに、およそ1万円で往復出来る。関空の駐車場も関空伊丹カードのポイントで一日が無料になり、かつまたまたポイントで半額になるのでリムジンバスに二人乗るよりも安くなるのであった。





遊んでばかりいると誤解されたくないが、15年度はおかげ様で授業をする大学がひとつ増え、
必要をして下さる生徒のみなさんに十分に応えるだけほぼ休日を返上し、7月の終わりまで
ルーティン・ワークをこなす。そのためにニンニク注射と整体を欠かさない。
尤も、プロという自営業は、体調管理も仕事内なので当然とも言えよう。



イタリア旅行を楽しんでいる身内もオペラ三昧で楽しそうである。日本で「ユーロ・Wi-Fi」なる
ポケットWi-Fiを持って行ったので、記事やチャットでその様子がわかるし、当然、今朝の沖縄の
予約スケジュールは確認済みである。


そうこうしているうちに下降を始めている。
昔はもっと時間がかかっていたはずだが、おそらく古い機体もエンジンは新しくなっているのでは
ないかと思う。成田には利便性が大いに劣るが、こと南西、北西の都市や島には断然、関西に分がある。しかも上記のように安価なのはポジティブと言えよう。
片道で記すと3月末の台北へのトランス・アジア航空も一万円、夏のソウルでのリハ等は7千円代である。


帰宅してボビーとメリーと戯れるのが楽しみだ。


2015年3月3日火曜日

気まずさ連発




早くに起床してしまったため、レンタカー店に電話で予約時間より早めに借りれるかを確認。
沖縄独特の口調で、ご準備は出来ているので大丈夫ぅですよ~、と。

8時40分位だったかに、すんなり出発。
牧志駅至近のサイオンスクエアにあるタイムズスクエアのタイムズレンタカーを沖縄ツアーランドで
予約するものなのだが、もう何度も「軽自動車」が「デミオ」にランクアップされる。実に2340円!


ひと先ず「嘉手納基地」を見下ろす展望台に向かう。
そこが、中国系の団体に占拠されていたが、思えば日米防衛協定でお宅らの国の人民軍が
ややこしい事をなさるので、ここの戦闘機も支援に飛んだりするわけで。


恐らく要因輸送用のB-737とF-15


F-15の離着陸こそ見れなかったが、ボーイングのB-707の米軍使用機の離陸に立ちあった。


 
 

70年前の強制占拠もともかく、現代に於いてここの騒音は半端無いもので、戦闘機なら、
いかばかりかと思った。



その後、美浜に南下。行きつけの場所を楽しむ。
ランチはガラガラの、要は半野外のバーガーショップにて、非常においしいバーガーのセットを。
中年一人で隅に着座したものの、客寄せパンダになって徐々に気まずく、孤独感が増した。




すわ、立ち去り、南下し、宜野湾から嘉数の展望台に向かう。
旧日本軍の最後の砦となっただけに360度見渡せ、普天間基地が良く見える。
ここもオスプレイの離発着でよく報道される場所である。




その後、さっさと車を返却。まさかの2時頃返却(契約は8時)に係員に気まずい。

一旦、部屋に戻り、国際通りの闊歩に出掛けた。
嬉しい事に目標の店舗は今日は10%割り引き。

闊歩し続け、目的の牧志公設市場の2階にある「さくら食堂」へ行くも、閉店準備中。
一旦、あきらめて、また2階に行き、他の店舗を狙うと「すみません、もう終わりです」
と、気まずい。


牧志の公設市場至近、壺屋にハイアット・リージェンシーを建設中


ならば、と「ヘリオス・パブ」というヘリオス酒造直営の店舗に。ここのビールは美味。

あまりに客が少ないものの、ひとりならカウンターでOK。
その刹那、もう一人の客がひとりなために、カウンターで隣に着座し、気まずい。
他に客がいないのに、隣りとなるのはなぜだ!
しかもテンションが高いのか、寂しいのか店員に話しかけ過ぎ、店員が困惑していて気まずい。

何とか食事をして出て、少し闊歩してたら、横殴る雨にやられて気がおかしくなる。


さて、帰る支度をしたく思います。


今日はサングラス必須の汗ばむ陽気だったが、雨の後は寒い。
日航系列であれど暖房にならない~。



那覇は20度です



身内がその友人とイタリアへ旅行に出る、との事なので、ならばと、同じく関空からこちらは
那覇にひとり旅に、と、LCCはジェットスターGK351で移動中である。

特に那覇に用事があるわけではないが、米軍と沖縄の関係性への取材を主点とし、普天間と
嘉手納の双方の基地の現実味を詳細に取材してみたいと思っている。

さて、
関空から那覇に行くこのフライトは五千円強で、一時期からみれば驚異的な価格!
何せ新大阪から岡山への新幹線より安価なのであるから良い時代になった。

反面、例えば、チェックインに於ける状況判断の遅さや対応には目をつぶらなければならない事はある。今日などは団体に割り込まれたのだか、そやつらは結局はカウンターに並ばされるわけで、パーソナルチェックインマシン利用の個人客をマシンに適時誘導出来ていない。係員のスキルに格差がある事がジレンマになるわけだ。
 
 

 加えて、ターミナルがバス移動での搭乗なため、大手のエアラインが搭乗口へ10分前集合
なのに、何と30分前か必須となる。
遅るるはオウンリスクで搭乗拒否の対象になり得て、振り替えは無効。安価な分、
少々緊張感をもって移動しなければならない。
 
 
ジェットスターA-320 お勧めは1D

それでも、慣れてしまえば勝手知ったるもので、着座してしまえば、飲み物や食事は
海外ブロイラーの餌の時間の如くに時間を割かれる事も無いので、完全な自分のペースで
フライトしていける。
 

先日の夜間のジャカルタから羽田への全日空によるCクラスでは、搭乗着座時にペーパーシートが配布され、起こさないで下さい、食事は要りません、としたが、そもそも上空で食事などせんでも良かろうとも思う。
 
さて、今回はたかだか二泊の滞在で、那覇からは恬淡に昼間のフライトを利用して帰宅予定
である。特に滞在が長くても意味はなく、度々ちょこちょこと訪れる事が好きな気がする。

空気感は明らかに関西並びに本土とは異なり、それは優しくとても心地良い。
太平洋戦争で帝国軍の捨て鉢にされ、多くの市民が犠牲になった事実も余りに痛ましく、現在に置いても微妙でセンシティブな問題が多々存在している事は、本土側の少々の無知が生み出す無責任問題かと感じる。
 
 
那覇市壺屋通りの古民家と
 
 
日本の米軍施設の70%が沖縄に置かれているのは、事実であり、特に横田や岩国などに比べ、大阪近隣は無頓着な気がしているのが、それこそ一笛吹きには何らしようもない。
せめてもは、平和ボケを回避して専門、非専門を問わずこのような考察をする事も良しかと
考える。
 
関西圏からは二時間弱と利便性がよく、到着後は、ゆいレールにて、牧志駅に向かい、定宿にしているホテルJALシティに向かう。
幸いホテル会員なので正午からのチェックイン特典が使えて結構。
(後記:角部屋で窓二か所のダブルになりました!)
あとはメインの国際通りや裏通りをうろつき、萌えるのが定番。いつもの牧志の食堂に行く。
 
 
翌日はレンタカーを1日、およそ二千円強で予約しており、地元のスーパーで沖縄独特の安価なぎっしり弁当を買っておき、それで、牧志から普天間至近の嘉数の展望台、嘉手納、北谷地区を
廻る。
 
 
非常に偶然なのか、日常では絶対に観賞しに行かない映画館へ出向く事がある。
以前にはおもろまちのシネマQにて、アフガニスタンに於ける米軍特殊部隊を描いた、
マーク・ワォルバーグ主役の「ローン・サバイバー」を。
 
先般には北谷のスターシアターにて、第二次大戦時、ノルマンディ上陸作戦の側面を描いた
ブラット・ピット主役の「フューリー」を。
 
たまたまだが、今回もクリント・イーストウッドが監督をして、イラクに出向いた伝説のスナイパー
の心の葛藤を描いた「アメリカン・スナイパー」を観賞出来そうである。
 
(後記:先ほど観て来ましたが、最近の監督の戦争映画は愛国心よりも、個々の人間に潜在する矛盾を描く、また、心理をえぐる葛藤の映画かと思います。是非で言えば、結論は全て「非」。)
 
 
 

沖縄は平常から本土より百円安い上、月曜日はメンズデーで1200円、ナイトショーでも同一と
割安感かある。
 
そんな事をしているうちに帰国便に向かう事になる。
帰りはJAL系列のJTA、しかも非常に早い予約だったために二時間のフライトを
広いクラスJで過ごせる。一万円。

沖縄にしか売られていない激辛のぽん酢も共に帰宅予定である。
高度3800フィートを巡航し間もなく那覇空気に到着する。
 
うっかりモバイルの電源が無かったので、手持ちのスマホで記載しているが、
旅慣れている筈が、情けない事です。

機内にて